「子負い帯」有内則子
「子負い帯」有内則子
藍の家の数ある古布のなかでも力強く語りかけてくるものがある。私が一番惹きつけられるのは出雲地方に伝わる「孫拵え」の一つ、筒描の「子負い帯」だ。
出雲地方には「嫁拵え「孫拵え」といって、人生のハレの日を彩る記念の品として、嫁入に必要な道具類、子育てに必要な品々を紺屋で誂えるとい う風習があった。筒描は量産の効く型染と違い、一点一点手描きによって染め出されるため、庶民にとっては贅沢品である。それゆえに一層、嫁ぐ娘や新たな命の誕生に多くの願いが託され、美しい調度品が生まれたのではないだろうか。
何時の時代も子を思う親の 愛情は深く尊い。医療の発達し ていない時代においてはなお
さら、出産の無事や、生まれた命の健やかな成長を願い、特別な贈り物として誂える。
誂えるとは「依頼して思い通 りのものを作ってもらうこと」 の意味であり、現代の既製品を選んで買う行為とは大きく違 う。それは依頼者と作り手の熱量の継承によって生み出されるものである。顔の見えない誰かのモノを綺麗に整えて作っておくのではなく、依頼してくる親の気持ちを職人が受け取り、 1枚1枚丁寧に糊を置き、何 度も藍に潜らせて願いを込めた文様を染め上げたのだ。
この「子負い帯」には両家の家紋が染め抜かれ、帯の端には子供の健やかな成長を願って麻の葉の模様があしらわれてい る。贈られた当時は濃紺に白抜で張りのある清々しい帯であっただろう。孫拵えを整え、婚家へ贈った親も受け取った娘 も家族も誇らしい気持ちであったに違いない。
時が過ぎ、長年使いこまれた帯には、無数の折じわが入り、 しわの部分が色褪せ縞模様になっている。帯の手触りも柔らかく親子の身体を優しく包んでいただろう。この帯でいったい何人の子供が背負われていたのだろうか。母はどれだけ子 を背負って仕事をしてきたのだろうか。布を見るにつけ当時の暮らしや母親の姿をいろいろと想像せずにはいられない。 古びた布であっても、生活の中に密着し、共に暮らす布としての役割を果たしてきた 「健やかさ」がある。子供とともに成長し、役目を終えた今でも美しく誇らしげである。