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「生きる仕事」東尾厚志

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「生きる仕事」東尾厚志

「裂織」とは経糸を麻や木綿の太糸で、緯糸に古木綿の裂紐を使う。ずっしりと重く、現代の感覚では衣服にしたことは想像し難いが、耐久性や保温性に富み海山での仕事着として広く用いられ た。これらは「ドンザ」や「ゾンザ」「サッコリ」とも呼ばれ、 1965年(昭和40年)頃まで日本各地の漁村や農村で見られた。
先ず学生たちに伝えなければならないことは、この裂織の着物たちが、作品ではなく実際に使われた生活道具であり自給品だということだ。どこで作られ使われていたものなのか、はっきりと特定することはできないが、衣服は買うのではなく作るものであり、織るという行為が生きるための仕事であった厳しい時代があったことを伝えている。
綿花の栽培に適さなかった 北国の農漁民の日常衣服は、 からむしや麻から織りあげた布であり、木綿は手に入りにくい高価なものであった が、その肌触りの良さと暖かさはどうしても欲しいものだった。庶民は廻船の運んだ「た ばねつぎ」という多様な古小布が一括され、円筒状になったものを競って求め裂織の材料として重用したという。
裂織は手のこんだ工芸品としてではなく、風土や生活の必然から生まれた。自然のもたらす恵みを繰り返し活用し、小布まで最後まで使い切るという習慣、木綿への執着や渇望は、SDGsやリサイ クルの概念だけでは決して理解することができない。先人たちにとって織るという仕事は生きることに直結していた。その嘘のない懸命な生き様こそが美しい着物を生み出したのだ。
「藍の家」は教育の現場だ。 学生たちに何かを感じとって欲しいと、願いを込めて蒐集されたこの古布たちは、竣工から30年という時間を経て も変わらず何かを語りかけてくる。現代においては、親が使っていた衣類を子や孫が使うことはほぼ無いが、少し前までは衣類は何世代にも渡り引き継がれるものであった。いま教育の現場に居合わせる私たちが、この古布たちを受け継ぎ未来へと続く役割を持たせることができれば、藍の家は再び注目され輝きを増してゆくことだろう。 この図録の発刊を契機として、貴重な古布たちを学生の人間形成の過程において、どのように活用するべきかを検討する機会をつくりたい。そして四国大学にしかできない「生きる仕事」を学ぶカリ キュラムの開発こそが期待されている。