ページの先頭へ

「琉装を知る」野田良子

NO IMAGE

「琉装を知る」野田良子

藍の家の収集品の中に黒染めの粗い繊維の着物が二着ある。芭蕉布黒地型染着物とあ る。一般に知られている上布のような芭蕉布と趣が違うの でつい購入していた。地元徳島の古美術商のとやさんのお世話である。ルーペで見ると米粒大の糊防染でテーチ木な どで黒染めされたものだ。
写真を写しても真っ黒。展示しても地味なことから、つい箪笥の留守番であった。解説を書くのも最後まで手を焼 いてしまった。
一方、1957年・64年 (昭和32年・30年)の2回、昔々のこと、京都民藝協会主催の沖縄伝統工芸視察団が沖縄へ渡った。当時沖縄はまだ米国の占領下にあり、沖縄へ渡るのにパスポートを要した。11名のミッションは、河井寛次郎(焼物)、バーナード・リーチ(焼物)を団長に上村六郎(染 色)、黒田辰秋(漆木工)、芹沢 銈介(染色)、濱田庄司(焼 物)、西垣光温(伝統料理)な ど、後に人間国宝になった人 も多く、工芸各界の著名な 方々であった。西垣さんが3冊のアルバムにまとめたものを後々、藍の家にくださった。
芭蕉布の里、喜如嘉(沖縄の 国頭)では歓迎の人達が沸き に沸いた。
白い芭蕉布の比較的若い婦人たち、黒い芭蕉布の高齢の婦人たちが歓迎の歌、だんじゆ嘉例吉を踊る。西垣さんは 無類の着物、着手、壮麗とその 人達を称える。なんとその婦人たちの黒い着物が、藍の家に来ていた着物と同じであった。
広袖、対丈、裾から一尺のと ころに揚げ、白衿襦袢、白足 袋、前結びの帯、鉢巻。素朴な がら格調高い装いであった。
ずっと昔、さりげなく頂いた3冊のアルバム。今になり見つけた琉装の婦人たち、お礼を言おうにも、もうその人はいない。

だんじゅ嘉例吉(かりゆし)や
選(いら)で差し召(み)せる
船(ふに)の綱取(つなと)りば
風(かじ)や真(ま)とむ

まことに幸いで有難い
吉日を選んでおつかわしになった
船のとも綱を解くと
風も追い風です